大手テクノロジー企業がメタバースから人工知能(AI)へと戦略の軸足を移す流れが決定的となった。2021年に社名をFacebookからMetaに変更し、メタバース構想を掲げた米メタが、2026年に入りVR事業を事実上畳み、AI基盤への投資を前例のない規模で加速させている。世界のXR・バーチャルエンターテインメント業界にとって、最大の後ろ盾を失う格好となり、今後の市場構造に大きな影響を及ぼすとみられる。
メタは1月中旬、VR・メタバース事業を担うReality Labs部門の従業員約1500人を削減した。同部門の人員の約10%に相当する規模で、2026年最初の大手テック企業による大規模レイオフとなった。BloombergやThe New York Timesの報道によると、削減はVRヘッドセットおよびソーシャルVRプラットフォーム「Horizon Worlds」関連チームに集中した。Reality Labsを統括する最高技術責任者(CTO)のアンドリュー・ボスワース(Andrew Bosworth)氏は1月14日(現地時間)、「今年最も重要な会議」と位置づけた全社員ミーティングを招集し、再編計画を伝達した。一部の管理職は事前に部下へ進行中の業務を中断して出席するよう指示したという。ワシントン州ではシアトル、ベルビュー、レドモンドのオフィスを中心に331人が対象となり、カリフォルニア州でも270人以上に解雇が通知された。いずれも3月20日付で発効する。
再編に伴い、社内VRゲームスタジオ3社が閉鎖された。『バイオハザード4 VR(Resident Evil 4 VR)』を開発したArmature Studio、『マーベル デッドプール VR(Marvel’s Deadpool VR)』を手がけたTwisted Pixel、『アスガルドの怒り(Asgard’s Wrath)』シリーズを制作したSanzaru Gamesの3社だ。技術部門であるOculus Studios Central Technologyも閉鎖対象となった。2023年にHorizon Worlds向けの自社コンテンツ制作のために設立されたOuro Interactiveなど他のスタジオでも人員削減が行われた。メタが米連邦取引委員会(FTC)との係争を経て約4億ドル(約636億円)で買収したVRフィットネスアプリ「Supernatural」もメンテナンスモードに移行し、新規コンテンツの更新は打ち切られた。
エンタープライズ向けVR事業も全面的に撤退した。メタは2月16日、2021年8月にマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)CEO自らが発表したVR協業プラットフォーム「Horizon Workrooms」のサービスを終了し、全セッションデータを削除した。社名変更のわずか2か月前に「リモートワークの未来」として披露されたサービスが、約4年半で幕を閉じた形だ。続く2月20日には、法人向けQuestヘッドセットおよびMeta Horizon Managed Servicesの販売も完全に終了した。既存の法人顧客は2030年1月までライセンスを維持でき、その後は無償に切り替わる。メタは代替手段としてMicrosoft Teams、Zoom Workplace、Arthurなどサードパーティーのプラットフォームを推奨した。
撤退の最大の要因は、Reality Labsが抱える巨額の財務負担にある。1月28日に発表された2025年第4四半期決算では、Reality Labsの営業損失は60億2000万ドル(約9572億円)に達し、アナリスト予想の56億7000万ドルを上回った。同四半期の売上高は9億5500万ドルにとどまり、前年同期比12%減少した。2025年通年ではReality Labsの営業損失は192億ドル(約3兆530億円)、売上高はわずか22億1000万ドルだった。2020年末からの累計営業損失は800億ドル(約12兆7200億円)を突破している。最高財務責任者(CFO)のスーザン・リ(Susan Li)氏は決算説明会で、Reality Labsの2026年の営業損失は2025年と同水準になるとの見通しを示した。VRハードウェアの販売不振も顕著で、メタは2025年の最初の3四半期にQuestヘッドセットを約170万台出荷したが、前年同期比16%の減少だった。IDCは2025年のVR・MR(複合現実)ヘッドセットのグローバル出荷台数が前年比約42.8%急減すると予測していた。
VR事業を縮小する一方、メタはAI搭載ウェアラブルデバイスへの投資を加速させている。イタリアのEssilorLuxotticaと共同開発した「Ray-Ban Meta Smart Glasses」は200万台以上を販売し、Reality Labs内の数少ない成功事例となった。2025年9月にはディスプレイ内蔵モデル(799ドル=約12万7000円)も発表されたが、米国内の需要急増を理由にグローバル展開は延期されている。経営陣はAIスマートグラスの生産能力を1000万台から最大3000万台まで引き上げる案を検討しているとされる。メタの広報担当者は「メタバースからウェアラブルへと投資をシフトしており、削減分を今年のウェアラブル事業の成長支援に再投資する計画」と述べた。
メタのAI投資はメタバースへの投資額をはるかに凌ぐ規模に膨らんでいる。同社は2028年までに米国内のAIデータセンター、インフラ、人材拡充に6000億ドル(約95兆4000億円)以上を投じると発表した。ザッカーバーグCEOは2025年9月のホワイトハウスでの夕食会で、ドナルド・トランプ大統領にこの投資計画を直接伝えたとされる。2025年の設備投資額は約722億ドルだったが、2026年は1150億〜1350億ドル(約18兆2850億〜21兆4650億円)とほぼ倍増する見込みだ。具体的にはBlue Owl Capitalとの270億ドル(約4兆2930億円)規模のルイジアナ州データセンター建設契約がメタ史上最大の施設プロジェクトとなるほか、テキサス州にも15億ドル(約2385億円)規模のデータセンターが建設される。2025年6月にはAIデータラベリング企業Scale AIの株式49%(議決権なし)を143億ドル(約2兆2737億円)で取得する大型投資も実施した。Scale AI創業者のアレクサンドル・ワン(Alexandr Wang)氏はメタに移籍し、超知能(Superintelligence)開発を統括している。この投資は2014年のWhatsApp買収(190億ドル)に次ぐメタ史上2番目の大型案件となった。
メタは1月12日、ディナ・パウエル・マコーミック(Dina Powell McCormick)氏を社長兼副会長に任命した。ゴールドマン・サックスで16年間グローバル・ソブリン投資銀行業務を率い、トランプ第1期政権で国家安全保障担当副補佐官を務めた人物だ。パウエル・マコーミック氏はメタのAIインフラ投資戦略の統括と、各国政府やソブリン・ウェルス・ファンドとの資本パートナーシップ構築を担当する。同日、ザッカーバーグCEOは「Meta Compute」と名付けた新たなAIインフラ構想を発表し、今後10年間で数十ギガワット(GW)規模のAIコンピューティング基盤を構築する計画を明らかにした。Threadsへの投稿で「メタはこの10年で数十ギガワット、長期的には数百ギガワット以上を構築する計画だ。このインフラをどうエンジニアリングし、投資し、パートナーシップを組んで構築するかが戦略的優位性となる」と強調した。
メタの戦略転換は、世界のXR・メタバース産業に広範な影響を及ぼしている。Fortune Business Insightsによると、グローバルAI市場規模は2026年の約3759億ドルから2034年には2兆4800億ドルへと年平均26.6%で成長する見通しだ。対照的にVRヘッドセット市場は明確な縮小局面に入った。メタはVRからの完全撤退は否定しており、Horizon Worldsはモバイル中心で運営を継続するが、次世代ヘッドセット「Phoenix」(コードネーム)のリリースは2027年以降に先送りされるとの観測もある。メタバースに最も積極的に賭けた企業がAIに舵を切ったことで、没入型テクノロジーの開発における空白を誰が埋めるのか、業界全体の注目が集まっている。

